2018年12月14日金曜日

年収は100万円以上少ない?東京と地方の家計を比較してみました

年収は100万円以上少ない?東京と地方の家計を比較してみました






 東京と比べて福岡(九州)の年収は100万円以上少ないです。両者の物価を比べて検証してみます。家計の中でも負担の大きい家賃や不動産価格だけをみても、東京と地方では2倍以上の開きがあるのです

東京と地方の家計を比べてみました


東京都市圏に日本の約3割の人が集まっています。

住まいの選び方は人それぞれの事情によって違うと思うので、東京と地方が単純に比べられるわけではありませんが、家計の面から見て違い・有利不利があるのか、東京は平均収入が高い、地方は低いというイメージがありますが実際にはどうかなど、地方は福岡(九州地方)を例に挙げてご紹介します。

東京と地方の年収差は100万円以上

国税庁の調査によると、東京の民間企業の平均年収は492万円。福岡(国税局管内:福岡県のほかに佐賀県・長崎県が含まれます)の場合は378万円です。

イメージ通り、100万円以上の開きがあることがわかります(データ出典:国税庁「民間給与実態統計調査(平成29年度)」)。

東京と地方の手取りを比べる

使えるお金、すなわち毎月の手取り額(可処分所得)はどうなるでしょうか。ボーナス無しで12カ月均等に支給されたとして計算してみます。
●東京:492万円 ÷ 12カ月 = 41万円
●福岡:378万円 ÷ 12カ月 = 31.5万円

毎月の収入から所得税・住民税、社会保険料を差し引きます。生命保険料控除や住宅ローン控除などの所得控除・税額控除はないものとしている大まかな手取り額です。
●東京:32万円
●福岡:25万円

収入総額では約10万円の差がありましたが、手取では7万円の差になりました。

関東と地方の家計調査の手取金額

先の計算は大まかな計算でした。総務省が毎年行っている家計調査では手取額(=可処分所得)がどうなっているのか、関東と九州を比べてみましょう。
●関東:46万円
●九州:41万円
(二人以上の世帯のうち勤労者世帯、データ出典:「家計調査結果(平成29年度)」総務省)

世帯全体の収入ですので、金額は増えていますが、差は5万円です。

関東と地方の物価の差

手取収入は、5-7万円程度の差ということがわかりました。続いて支出です。表は地方ごとの消費者物価指数です。例えば「食料」は、全国平均が1,000円だとすると、関東地方では1,013円、九州地方では981円で買えるということです。全体を見ると、関東地方は他の地方と比べて物価が高いと言えますが、案外差がありません。


しかし、住居費だけを見ると関東が115.3、九州が85.6と、大きな差があることがわかります。

東京と福岡の家賃の差だけで月7万円

東京圏の2LDK~3DKの家賃相場は約13万円、福岡県の相場は約6万円であり、福岡市中心部の人気エリアでも約12万円です(著者調べ)。平均同士を比べると、東京が福岡よりも7万円高い結果となりました。これは、毎月の手取額の差が家賃だけで埋まるということです。

住宅購入の場合

2017年の中古マンションの取引価格の平均単価を使って比べてみます。

1平方メートル当りの平均価格(出典:国土交通省「土地総合情報システム不動産取引価格情報」)
●東京:729,249.9円/平方メートル
●福岡:278,075.8円/平方メートル

70平方メートルの広さだとすると、
●東京:51,047,491円(5104万円)
●福岡:19,465,307円(1946万円)

全額住宅ローンで購入したときの返済額(期間30年、2%の固定金利、元利均等払い)
●東京:18.9万円
●福岡:7.2万円

月の差額は、12.7万円東京が高いという結果となり、手取り額の差を埋めるどころか逆転してしまいました。

まとめ:稼げる・稼げないという理由だけで都会か地方かを決めない方がいい

東京圏は物価全体が高く、特に住居関係費が突出していることから、目の前の家計だけを見る限りは地方の方が生活しやすいと言えるかもしれません。

これはあくまで平均年収や平均の家計で比べたもので、仕事や家族構成によって収入も支出もまったく違います。それに残るお金が同じ水準でも、年収が異なると退職金や年金にも差が出てきますので、目先の家計だけで判断することはできません。

これから進学先や就職・転職先などで住まいを選択しようとするなら、稼げる・稼げないという理由だけで都会か地方かを決めない方がいいということだけは間違いないでしょう。
(文:井上 陽一(マネーガイド))

金持ちになれた私は「失敗」をこう考える

金持ちになれた私は「失敗」をこう考える






 「起業しよう」とか「挑戦しよう」というと、周囲から「失敗したらどうするの?」という反応が返ってくることがあります。しかし、筆者は気にならないのだと言います

「失敗」を恐れる意識を捨てる

「起業しよう」とか「挑戦しよう」というと、周囲から「失敗したらどうするの?」という反応が返ってくることがあります。

私は投資で3000万円ほど損したことがありますし、会社は2社も潰しています。従業員の集団退職に遭ったり、裁判で訴えられるといった経験もしました。もちろん今でも失敗の連続です。

しかし、私はまったく気になりません。むしろそれを通じて、次の意思決定がますます素速く適切にできるようになっているからです。うまくいっているときは自分の行動の検証なんてしないですから、失敗した時のほうが得られるものが大きいと実感します。だから私は、失敗すればするほど、自分が成長するチャンスだと思っています。

そのため失敗したときは、「おっ!ラッキー!これでまた1つ賢くなった」と思えるようになりました。

「失敗とは、成功に続く単なる試行錯誤のひとつの結果」、という「ただのプロセスに過ぎない」と考えれば、失敗を単なる失敗とは認識しなくなります。「こっちがダメならあっちを試す」と、まるでスポーツの練習をしているかのごとく、淡々と次の方法へ移ることができます。

その経験と試行錯誤の蓄積によって、決断のスピードが上がり、適切な判断が即決でできるようになります。さらに最近は書く仕事も増えたため、失敗もしんどい経験も、すべてネタとして収益になります。

「そうは言ってもやっぱり失敗は怖い」と感じている人に提案が2つあります。1つは、「何をもって失敗と言うのか?」。2つ目は、「失敗して何が困るのか?」です。

それって本当に失敗なの?

失敗の基準は人それぞれかもしれませんが、失敗の本質とは「狙いや思惑とのズレ」であり、「次の課題が明確になるチャンス」のはずです。

失敗とは、「最初はこうなると思ってやってみたけど、実際はそうならなかった」ということであり、その結果「なぜ思っていたことと違ったのか、次はどうすれば思惑通りにいくか」を認識できる場面というわけです。

ですから繰り返しになりますが、失敗とは本来、極めて重要な学びのチャンスです。逆に言うと、失敗しないということは、次のうちのどれかにあてはまります。

1.「思惑どおりうまくいった」
2.「特に狙いを持たずにやっている」
3.「そもそも何も挑戦してない」

もちろん1が理想です。しかし2や3では、自分が学べるチャンスとはならないでしょう。特に3。失敗を恐れて何も挑戦しなかったり、今の自分の能力の範囲内でできることしかやらなかったりすると、自分が進化することはありません。ただそこに留まり続けるしかない、ということになりかねないのです。

自分が絶対に避けたい「失敗」とは

そこで、自分にとって本気で困る失敗を定義してみるのです。たとえば「こういう事態は絶対に避けたい」「こうなったら再起不能」「物理的にも精神的に立ち直れない」というものです。ちなみに、私の「失敗」の定義は次の3つです。

・自分や自分の大切な人が死ぬこと
・他人を死に追いやること
・10年以上の禁錮刑に処されること

自分が死んだらすべて終わりです。再起も何もできない。でも、生きていれば必ずいいことがあるし、やり直しも逆転もできる。だから私は、自分が命を落とす可能性がある行為、たとえばスカイダイビングや雪山の登山、暴力団との取引などは絶対にしないと決めています。

他人を死なせることも私にとっての失敗です。心の傷が大きく、トラウマとなり、精神的にも再起が困難であろうと想像できるからです。だから自分や家族の命を守るため以外では、自分からは絶対に暴力をふるわないと決めています。クルマの運転も、今では「超」がつくくらい安全運転です。

3つ目は、やはり人生の無駄遣い感に心が折れそうだからです。10年あればできることの重さを考えれば、やはりしんどい。だから私は「ごめんね」では済まされない違法性の高いことには手を出しませんし、時間があれば法律書を読み、トラブルに巻き込まれないように意識しています。

そして、これ以外は私にとっては失敗ではありません。なぜなら、これ以外の結果は、いくらでもやり直せるからです。心が復活できるからです。私がほとんどのことに挑戦できる理由がおわかりいただけると思います。

もちろんこれは私の基準であって、あなたは違うでしょう。真似しましょうと言っても「無理だろ!」という声が返ってきそうです。しかし自分にとっての「これだけは避けたい」レベルを定義しておくと、チャレンジできる幅が広がるはずです。

その失敗でいったい何が困るの?

次に、挑戦して失敗した結果、何がどの程度困るのかを具体的にイメージしてみましょう。たとえば「お金を失う」というのは、もっとも普通の人が恐れる失敗ではないでしょうか。起業してうまくいかず、生活費が底をつく。投資をして損失を出す、というのは典型例かもしれません。

しかし、たとえば起業して失敗し、生活費が底をついたら、またサラリーマンに戻ればいいだけです。収入は減るかもしれませんが、家賃の安い住居に引っ越せばいい。就職できなかったら、アルバイトで食いつなげばいい。

それでも無理な場合は、生活保護を申請すればいい。生活保護を受けると、さらに家賃の安いところを紹介してもらえるし、医療費はタダ、公共交通機関も割引価格で利用することができます。

借金まみれになって返済が苦しいことは失敗でしょうか? いいえ、「自己破産」すればいいだけです。自己破産は法律で認められた救済制度であり、生活や人生が破壊されるわけではありません。普通に銀行口座も開けますし、学校も会社も海外旅行だって行ける。

破産後7年間は、ローンを組むとかクレジットカードを作るとか、経済的信用力を要する行為は制限されます。しかし7年経てば、個人信用情報データベースから自己破産の情報も消え、ローンも組めるしクレジットカードも作れるようになります。弁護士費用はかかりますが、分割払いができますから、それほど負担感はないでしょう。

そして、生活保護を受けていても、自己破産しても、新しく事業を立ち上げたり、どこかに就職して働くことは何の問題もありません。まったく自由です。そう考えると、「お金の失敗」というのは、さほど気にならないことだとわかります。

それって本当に恥ずかしいの?

そう言うと、「何言ってんだ!生活保護や自己破産は大問題だろう!」という反論があるかもしれません。確かに多少の不便はありますが、でもその程度です。生活保護も自己破産も、国が定めた、れっきとした制度なのですから、必要性を感じるなら、活用しない理由はないでしょう。

それで騒ぐ人は肝っ玉が小さいのです。

ではなぜ肝っ玉が小さくなるか?ひとつの理由は「ぜいたく病」にかかっていること。もうひとつの理由は「自意識過剰」。

ぜいたく病にかかった人は、家賃の安い賃貸に引っ越すこと、外食ができない、新しい服を買えないことといった、生活レベルを落とすことができなくなります。不便な環境が許せないし、そんな自分を受け入れることができないのです。しかし現在40代以上の人は、思い出せばわかると思いますが、子供の頃は何もなかったはずです。

私の実家もそうでしたが、エアコンも水洗トイレもありませんでした。風呂は五右衛門風呂で、シャワーもない。毎日両親が薪をたいてお風呂の湯をわかしていました。

また、現在のように高気密・高断熱の技術はありませんでしたから、家では冬は寒く、夏は暑い。もちろん携帯電話もパソコンもありません。だからといってあの環境に戻りたいとは思いませんが、そういう時代を知っていると、多少の不便にはすぐに慣れ、気にならなくなります。

だから、もし貧しくなったらボロアパートに引っ越せばいい、と気軽に考えることができます。

他人はあなたのことには興味がない

また、他人は自分が思うほど、自分のことは見ていませんし、興味もありません。自分の失敗なんて、他人はほとんど気にしていない。一瞬は気にしても、すぐに忘れるものです。

私自身、親戚が自己破産した、知人が起業したけど失敗してサラリーマンに戻った、東京ビッグサイトを借りきって巨大なイベントを企画したけど人が集まらなくて大赤字だった……という情報を耳にすることがあります。

もちろん、本人にとってはとても苦しい経験だったと思います。それでもやはり、「へー」という感じで、それ以上でもそれ以下でもありません。あの著名な与沢翼氏を見ると、むしろ「あの若さですごく貴重な経験ができたな」と感じるほどです。

失敗を恐れるのは、「恥ずかしい」という世間体です。バイトで食いつなぐこと、生活保護を受けること、倒産や自己破産することを「そんなのムリ」と感じる人は、人の目を気にしすぎる「自意識過剰」なのです。

そもそも自分が気にしている「世間」の正体とは何か? たとえば職場の同僚や上司部下、近隣住民、家族や親戚……。いったい誰に見栄を張ろうとしているのでしょうか。

そもそも「世間」とは、「凡人」の集まりであり、「大衆」です。たとえば知人や近所の人にヒソヒソうわさ話をされたとしても、彼らはあなたの成功には何ら貢献しない人たちです。そんな人たちに張る価値のある見栄とは、いったい何でしょうか。

一流の人というのは、他人の不利な状況を見てバカにする、という発想はありません。なぜなら、彼らはたいてい浮き沈みのある人生を経験していて、現時点の状況だけを見て他人がどうこう言うのは、愚かな振る舞いだと本能的にわかっているからです。

さらに当然ながら、彼らは失敗の経験こそ貴重な財産だということを知っています。アメリカでは、失敗したことのない人は、経験不足で逆境や挫折にも弱いということで、一度でも会社を潰したことのある起業家に優先して投資する個人投資家もいるほどです。

つまり、あなたのことを笑う人がいても、そんな人はどう考えても大成しないですから、どうでもいい存在ということ。どうでもいい人の目を気にして、「恥ずかしい」などと感じる必要などないのです。だから、「自分が良ければそれでいい」くらいに考えて、気軽に挑戦することです。

参考)
「1つずつ自分を変えていく 捨てるべき40の悪い習慣」(日本実業出版社)
「やりたくないことはやらずに働き続ける武器の作り方~だれでも人生を複線化できるお金と時間の仕組み」(徳間書店)
(文:午堂 登紀雄(マネーガイド))

個人年金保険とは?老後資金準備に使う?

個人年金保険とは?老後資金準備に使う?






 個人年金保険は、老後の生活資金を準備する目的で加入する生命保険です。死亡したときの保障より、生きている間の備えに重点を置いているので生存保険と呼ばれています。

個人年金保険とは?

個人年金保険は、老後の生活資金を準備する目的で加入する生命保険です。死亡したときの保障より、生きている間の備えに重点を置いているので生存保険と呼ばれています。

加入している間に死亡したときに支払われる保険金は払い込んだ保険料程度なので、死亡保障機能はほとんどありません。個人年金保険に、入院保障などの特約をつけることもできます。基本的なしくみは、契約時に定めた一定年齢(60歳や65歳)から、同じく契約時に定めた所定の年金額が受け取れるというものです。

保険料の払い方は、年金開始時まで続ける方法(分割払)、年金受取開始前(1年~5年前)に完了する方法、退職金などのまとまった資金で契約時に一括して払い込む方法(一時払)などがあります。分割払には、月払・半年払・年払などがあり、まとめて払うほど保険料総額が少なくてすみ、その分、貯蓄性がアップします。

老後資金準備の目的とは?

老後の資金準備の目的は、大きく2つあります。1つは、公的年金の支給開始年齢が引き上げられており、現役引退から支給開始までの「つなぎ資金」を準備すること。もう1つは、公的年金で不足する「上乗せ資金」を準備することです。

老後の生活資金不足に対する不安は、若い人ほど大きいようで、若いうちから個人年金保険に加入する人がいます。若い世代は、これから結婚・出産・子どもの教育・住宅取得など、お金のかかるライフイベントが控えています。これらの資金配分も考えて、加入するかどうかを決めるようにしましょう。
(文:小川 千尋(マネーガイド))